タミヤ社長の病名や後継者について!家系図も【プラモ・ミニ四駆】

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ミニ四駆といえばタミヤ、もっと昔でいうとプラモデルといえばタミヤ。模型だけじゃなくて、セメダインも塗料もプラモケースも、みーんなタミヤ。そんなタミヤの社長、田宮昌行さんが2017年5月1日に亡くなっていたことが本日の日経新聞朝刊で報じられました。まだ59歳でした。ご冥福お祈りします。

東海道新幹線の車窓から見えるあの立方体看板はシンプルかつカラフルで目立ちますよね(*´▽`*)

 
こんにちは、ちゃーこさんです。
ミニ四駆といえばタミヤ、もっと昔でいうとプラモデルといえばタミヤ。
模型だけじゃなくて、セメダインも塗料もプラモケースも、みーんなタミヤ。
 
そんなタミヤの社長、田宮昌行さんが2017年5月1日に亡くなっていたことが本日の日経新聞朝刊で報じられました。
まだ59歳でした。
ご冥福をお祈りいたします。
 
趣味嗜好が左右する模型のようなニッチな業界の社長って、何となく高齢でワンマンっていう勝手なイメージをもっていたのですが、タミヤの田宮昌行社長は婿養子で、まだ社長としては10年に満たない状況でした。
志半ばで亡くなられてしまったのかもしれません。
 
そんな田宮昌行社長の病名(死因)や、後継者などについてはどのようになっているのでしょうか。
 

 

田宮昌行さんの経歴

 
出身地:静岡県静岡市
学歴:東京大学卒業
職歴:1983年東海銀行(現:三菱東京UFJ銀行)入行
    1988年タミヤ入社
    1990年専務取締役就任
    2008年社長就任
 
前社長の田宮俊作氏(現・代表取締役会長)の長女と結婚し、田宮家に婿養子として迎え入れられました。
将来あっての婿養子だったのでしょうね。
 
前職の銀行を5年で退職されていますので、考えすぎかもしれませんが、「婿養子前提のタミヤ出向」なんていうストーリーがあっても不思議ではないと思いますよ(*´ω`)
 
タミヤをトップ企業に引き上げたのは前社長でしたが、昌行さんはプラモデルの海外進出に力を入れてこられたそうで、海外生産拠点であるフィリピンの子会社の社長も歴任されていたそうです。
 
タミヤ社長就任時には、模型の良さを世界に向けて発信していきたいといっていた昌行氏。
59歳の若さで亡くなられてしまっては、やはりやり残したことがたくさんあったのではないでしょうか。
 
 

昌行氏の死因(病名)は非公表

通常、長い闘病を経ての死去であれば死因は公表するはずなのですが、広報からも一切非公開となっています。
そうなると、あくまでも予想でしかありませんが、急性のもので報じる側に動揺があるか、あるいは公表そのものが望ましくないものかの二択だと考えられます。
 
前者であれば心不全や脳梗塞、後者であれば自らというものを除けば白血病のような風評イメージのよくないものでしょうか。
実際に病名を白血病だと報じているサイトもあるようですね。
そもそも職業病のようなものも考えにくいですから、どうしても非公表にする事情がなければ憶測で語られるより公表してほしいところですね。
 
 

昌行社長の後継者は誰?

 
すでに書きましたとおり、昌行社長は婿養子なのです。
そして、前社長である俊作氏は会長としてご健在です。
 
そうすると、同族企業として真っ先に考えられるのは「当面は俊作氏が社長に返り咲き」ではないでしょうか。
 
しっかりと後任につなぐことができるまで、ワンポイントでの返り咲きです。
これは一番堅実な選択肢だと思います。
 
次に考えられるのは当然お子さんの存在ですが、婿養子を迎えるぐらいですからおそらくいらっしゃるのでしょう。
しかし、後継者として真っ先に名前が出てこないとなると、すでに他の企業で要職につかれている方なのか、もしかしたらまだ未成年なのか、または女系で二代にわたって婿養子探しが必要なのか・・・
 
もっとも、後任社長がすぐに決まらないのは、裏でえげつない駆け引きがあることも予想できる同族企業あるあるかもしれませんね。
 
いずれにしても世界に羽ばたくタミヤの灯を消さぬよう、後継者を早く選んで頑張ってもらいたいですね(*´▽`*)
 
 
 
 
 
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