与謝野馨の経歴や功績を振り返る!家系図やあの対決名シーンの動画も

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今月早々に「自民党へ復党」というサプライズニュースで久々に名前を耳にしていた与謝野馨さんが24日に都内の病院でお亡くなりになられていました。健康不安とは常に隣り合わせの政治家だったイメージがありましたが、まだ78歳、残念ですね。ご冥福をお祈り申し上げます。政治家としての人生は稀代の波乱万丈なものだったでしょう。そして、「与謝野」という姓ですから、家系図が気になりますよね。 

また一人、実務派の政治家を失ってしまいました・・・

 
こんにちは、ちゃーこさんです。
1か月ほど前に、「自民党へ復党」というサプライズニュースで久々に名前を耳にしていた与謝野馨さんが都内の病院でお亡くなりになられていたことがわかりました。
 
与謝野さんといえば、長年がんを患っており、健康不安とは常に隣り合わせの政治家だったイメージがありましたが、まだ78歳、残念ですね。
ご冥福をお祈り申し上げます。
 
政治家としての人生、特に晩年については稀代の波乱万丈なものだったでしょう。
そして、「与謝野」という珍しい姓ですから、やっぱり家系図が気になりますよね。 
 
このあたりについて、振り返ってみましょう。
 

 

与謝野馨プロフィールと経歴について

 
1938年:8月22日、千代田区生まれ
       父親が外交官だったこともあり、4歳までは北京で過ごす
       小中学校は日本の学校に通う
1958年:エジプト、スペイン、アラブ等の学校を経て麻布高校卒業
1963年:東京大学法学部卒業、日本原子力発電に入社
       原子力の専門家および通訳として世界各国を渡り歩く
1968年:5年で会社を退社し、中曽根康弘事務所に入所
1971年:与謝野馨事務所を開設
 
成績優秀なのはもちろん、生活環境がハンパないですよね(*´ω`)
 
運命だったのか、それとも、その優秀さが引き寄せた環境なのか。
政治の世界に飛び込んだのは1968年。
与謝野氏の母親が中曽根康弘の知り合いだったことからのつながりだそうです。
 
そして、5年とはいえ民間企業の経験で「原子力」という一大政策分野の見識を持って政治の世界に飛び込んだというのは、政治家としても有利に働くことになったのではないでしょうか。
 
 

政界での経歴や功績について、あの対決名シーン動画も

政界への初出馬は1972年の第33回衆議院選挙でしたが、あえなく落選してしまいました。
その後も実は何度か落選の憂き目に遭っているんです。
 
特に2回目の落選(2000年)の際は、「当選していれば内閣総理大臣になれた」と噂されていました。
おそらく遺した功績の割に落選回数の多い珍しい政治家の一人だと言えるのではないでしょうか。
 
初当選は1976年ですが、実はその頃から最初のがんに侵されていたようでしたので、40年もの政治家生活をがんとともに歩んでいたことになりますね。
この2つだけでも、十分に波乱万丈さが伝わるかと思います。
 
そして、初入閣は1994年、村山内閣の時に文部大臣に就任しました。
その後についても並べてもキリがないぐらい。
 
内閣官房副長官(1996年第2次橋本内閣)
通産大臣(1998年小渕内閣) ⇒盗聴法成立
内閣府特命担当大臣(2005年第3次小泉内閣、2008年福田改造内閣)
官房長官(第1次安倍改造内閣) ⇒療養中の首相の代行ともいえるような官邸の黒幕と呼ばれる働きを果たす
経済財政政策担当大臣、財務・金融担当大臣(麻生内閣)
自民党時代の閣僚経験だけでもこれだけ揃っています。
 
敢えて「自民党時代の」と言うのは、その後にさらなる波乱万丈人生が待っていたからなのです(´・ω・`)
 
まず、一番印象に残っているのが、この動画の対決シーンですね。
2010年2月の予算委員会で、当時の鳩山由紀夫首相の偽装献金問題について「平成の脱税王」だと追及

 
ここまでは良かったのですが、その後、4月には自民党執行部を批判し、離党(かつ除名処分)してしまいます。
 
⇒新党「たちあがれ日本」を結党
⇒離党し、民主党政権に参画(内閣府特命担当大臣に就任)
⇒2011年無所属に
⇒2012年政界引退
⇒2017年4月30日、7年ぶりに自民党復党
 
渡り鳥っぷりハンパないですが、要職に就かれているところを見ると、政党よりも政策を重視されていたのでしょうね。
与謝野さんの活動を理解されている人はその手腕を評価していたのでしょう。
 
今年の自民党復党も何等か別の思惑(7月の都議選など)があったのかもしれませんが、もしかしたら病状を理解されたうえで、これまでの功績に敬意を表した復党だったのではなかったのでしょうか。
 
与謝野さんとしては志半ばで不本意だったかもしれませんが、名誉党員みたいな復党なのでしょうかね。
 
 

与謝野家の家系図を調査!

”与謝野”という名前を聞くと、すぐに歴史上の人物として、与謝野鉄幹、与謝野晶子といった歌人が思い浮かびますよね。
与謝野馨さん自身、鉄幹・晶子夫妻の孫にあたるのだそうです。

公開されていた家系図を見てみると、確かに馨さんの名前もありましたね。

 
お子さんは二人(優さん、稔さん)いらっしゃるみたいですね。
お二人とも企業にお勤めで、詳しくはわからないのですが政界とはあまり関わっていないようです。
今のところはお父様とは違う道に進まれたのですね。
 
与謝野馨さんは2012年に政界引退されていましたので、東京第1区の地盤は、自民党新人の山田美樹さんが守っています。
選挙区はどこかはわかりませんが、今後、親族の方が新たに政界に進出することは考えられるかもしれませんね。
 
ちなみに、今年2月の千代田区長選挙に立候補していた与謝野信は甥っ子にあたるのだそうです。
元々金融関連企業にお勤めだったようで、落選後はドイツ証券に復職されたみたいですから、復活は難しいでしょうね。
 
 
与謝野馨さんの功績を受け継がれるぐらい実績十分な実務派の政治家が新たに生まれることを期待しましょう!
 
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